
『冬の王女と風の誓い』
その国には、雪が百年降り続いていた。
春も夏も秋も知らない、人々は白銀の季節だけで暮らしていた。だが、それは呪いだった。かつてこの地には四季が巡り、美しい花が咲き、果実が実る楽園だった。だが百年前、「冬の王女」と呼ばれた少女が玉座に就いたときから、国は凍てついたのだ。
王女の名は、シェリア。
彼女は本来、四季の精霊と契約し国を守る「季節の巫女」になるはずだった。しかし、その運命は王族の争いの渦の中で歪められた。
シェリアの母は、王妃ではなく、王に仕える風の巫女だった。幼い頃から風の言葉を聞き、風と遊んで育った彼女は、人の欲や策略とは無縁だった。しかし、ある日突然、王の嫡子として玉座を与えられ、巫女としての道を奪われた。
「風は自由を好む。なのに、なぜ私だけ牢のような玉座に?」
シェリアは心の中で風に語りかけるが、もはや返事はない。風の精霊は、彼女が季節の契約を結ばなかった時点で、彼女から離れていったのだった。
国を統べるには「四季との契約」が必要だ。しかし、シェリアは春・夏・秋の精霊を拒んだ。ただ一つ、冬の精霊だけが彼女の冷たい決意に応え、永遠の雪を降らせた。
シェリアの中には、誰にも言えない約束があった。
かつて彼女が幼い頃、母と共に旅をしていたとき、森で出会った風の少年がいた。彼は風の精霊に近い存在で、自由に空を翔け、どんな言葉よりも心を通わせてくれた。名をセイルという。
セイルはこう言った。
「世界が凍りつきそうになったら、僕が風でそれを解かしてみせる」
それが二人の“風の誓い”だった。
だが、百年の時は残酷だった。セイルの存在も、母の声も、雪の記憶の奥へと凍りつき、誰も覚えていない。シェリアだけが、それを覚えていた。たったひとりで。
王女として、民に姿を見せることはなかった。彼女は冬の塔に閉じこもり、風が吹くのをただ待っていた。けれど、風はいつまでも吹かなかった。
ある夜、シェリアの夢に、ひとすじの風が差し込んだ。白い髪の少年が現れ、彼女にささやいた。
「まだ、待ってるの? シェリア。」
目を覚ました彼女の頬に、ひとしずく、雪ではない“雫”が落ちた。それは、風の涙だった。
その朝、百年ぶりに国に風が吹いた。
氷の花が揺れ、雲が流れた。空はわずかに色を変え、遠くの山の雪が解けはじめた。
シェリアは静かに立ち上がった。長い髪を風に任せ、閉じていた心をそっと開いた。
「行こう、風のもとへ。」
そして彼女は、冬の塔を出た。
あたたかい春が訪れるには、もう少し時間がかかるかもしれない。だがその第一歩は、王女がもう一度、風を信じることだった。
風は、必ず約束を守る。
そして、愛する者の心を運んでくれる。
永遠の冬に閉ざされた国に、ようやく風が戻ってくる――。
この物語は、静かな哀しみと希望、そして「想いが時を超える」というテーマで綴りました。